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革新的衛星技術実証3号機 実証テーマ
結合された超小型衛星を回転分離し、複数の衛星による編隊を形成する
名古屋大学
大学院工学研究科 航空宇宙工学専攻 稲守 孝哉 准教授
宇宙空間では、衛星が小型になるほど宇宙環境の影響を受けやすくなる。名古屋大学の編隊飛行技術試験衛星「MAGNARO」は、この現象を利用し、結合されたキューブサットサイズの衛星を地球の磁力を利用して回転運動させ、適切なタイミングで2機の衛星に分離することで編隊を形成する技術実証を行う。名古屋大学大学院工学研究科の稲守 孝哉准教授にお話を伺った。
- ご自身の研究内容について教えてください。
航空宇宙機の力学を扱う研究室で、人工衛星の軌道や姿勢の力学の研究を行っています。衛星が小型になるほど慣性が小さくなり、宇宙環境からの影響を受けやすくなります。宇宙環境からの軌道外乱や姿勢外乱と、それらにより生じる衛星の運動の力学的な解明、さらに軌道や姿勢の制御への応用の研究を行っています。
- 今回、革新的衛星技術実証3号機に応募されたテーマの概要と今回の実証を通じて期待する成果を教えてください。
MAGNARO - Tigris(2U)とMAGNARO - Piscis(1U)の結合時の様子
MAGNARO(MAGnetically separating NAno-satellite with Rotation for Orbit control)は2機の衛星を結合させて打ち上げ、軌道上で軌道制御用のスラスタ(推進機)を用いず、回転・分離により編隊飛行する技術実証を主な目的としています。回転や分離の際に磁気(Magnetic)の力を使うことからMAGという文字を衛星の名称に使用しています。
昨今、複数の衛星を連携させて1つのミッションを行う新しい宇宙利用が増えてきました。その際に重要となるのが、衛星同士の相対位置を調節する軌道制御技術です。従来の考え方では外乱の影響を受けやすい小型の衛星ではスラスタなどの軌道制御機器が必須となりますが、電力、質量、スペースの制約が厳しく全ての小型の衛星でスラスタを搭載できるわけではありません。
今回は、その外乱の特性に着目し理解を深めることで、むしろ宇宙環境を利用して衛星の編隊を形成し維持する、という全く新しい発想の技術を実証します。
私達の衛星では2機の衛星が電磁石によって接続されており、衛星には磁気トルカ(電磁コイル)が搭載されています。編隊を形成する際には電磁石の力をゼロとし衛星を分離します。編隊を形成した後、それぞれの衛星には軌道上の空気分子などにより、僅かですが空気抗力が生まれますので、姿勢制御で衛星の正面面積を変え、空気抗力を調整することで編隊を維持します。
分離した衛星はおよそ500mから2kmほど離れます。回転速度を小さくすれば、よりコンパクトな編隊を形成することも可能です。将来、さらに大きな軌道変更が可能となると、より多様な軌道でさまざまな編隊を組めるようになります。
- 分離ミッションを実施するタイミングは?
分離ミッションを行うのは打上げ後、半年から1年後を考えています。まずは搭載機器の動作確認を行い、軌道上で外乱パラメータの推定や搭載機器の校正(キャリブレーション)を行います。MAGNAROでは軌道制御機器のサイズが小さい分、スペースに余裕ができたため、他にも望遠鏡など観測機器をいろいろと積んでいます。編隊飛行以外にも地球の撮像など、様々な工学実験を予定しています。分離の前にこれらの実験の成果を得てから、衛星の分離と編隊形成に臨みたいと考えています。
MAGNARO - Tigris(2U)とMAGNARO - Piscis(1U)の分離時の様子
- 革新的衛星技術実証プログラムへの応募動機を教えてください。
私たちは衛星の姿勢や軌道について力学の視点から研究を進めてきましたので、まずは自分たちのアイデアや研究成果を宇宙で実証したいという思いがありました。また自分も学生のときに小型衛星の研究開発に参加して非常に勉強になったという経験がありましたので、同じことを学生にも経験してほしいと思い、今回、革新的衛星技術実証プログラムに応募させて頂きました。
- ほかの実証機会と比較して、「革新的衛星技術実証プログラム」を選ばれた理由がありましたら教えてください。
私たちの衛星プロジェクトのスケジュールを考慮した際にちょうど良いタイミングで打上げが予定されていたこと、また、開発や打上げに関する調整で相談に乗って頂けるなどJAXAのサポートが受けられるということで応募しました。
- 開発において苦労した点、克服するための工夫などあれば教えてください。
今回の研究開発の主体は学生となります。衛星の研究や開発では電子回路や組み込みソフトウエアの知識も必要となりますが、講義などではなかなか学ぶ機会がなく、さらにこれらを統合したシステムの視点からものを考えたり、システムとして成立させたりするという点ではほぼゼロからのスタートとなりました。また、これらを学ぶ際にも教育の観点から学生自ら勉強して開発するというスタンスで進めましたが、失敗することも多く、失敗からよく考えて勉強してもらうという繰り返しで、なかなか思いどおりに進まなかったことも多々ありました。
さらに今回のプロジェクトで特徴的なのは、実質2機の衛星を同時に開発しなければならないことです。何も工夫しないと開発や試験、時間も1機の場合の2倍、さらに2機の衛星の相互の影響を考慮すると2倍以上必要になります。この「2」という数字をいかに小さく、さらには「1」に近づけるかが重要なチャレンジとなりました。
また2機の衛星を開発し作業手順が多く複雑化するなかで、新型コロナウイルスの影響も相当に受けました。開発においてはどのような時も「コロナ禍を理由にしない」ということを意識してきましたが、実際にはいろいろな部品が手に入らない、加工できないなどモノの影響を受けました。そもそも研究や開発の現場である研究室に来ることができないこともありました。これらを克服するために皆のアイデアで、代替部品を探したり、作業手順やスケジュールを工夫したりして、ヒトでなんとかここまで進めることができました。
結合状態のMAGNARO(写真中央)と地上局とのかみ合わせ試験の様子
- これまで、同プログラムに参加する中で、JAXAのサポートはいかがだったでしょうか。
私は学生のころ小型衛星のプロジェクトに参加しており、色々とJAXAのお世話になっていました。今回、磁力で2機の衛星を結合させるという独特の設計のため、ロケットとのインターフェース調整においても相当に厳しい部分があるのではないかと思っていたのですが、重要な部分は維持しつつ解決方法を一緒に考えてくださるなど、ポジティブに相談に乗って頂き大変お世話になりました。
- 革新的衛星技術実証3号機での実証後の展望についてお聞かせください。
今回、複数の衛星を同時に運用して編隊を組むのに必要となる技術を実証しますので、その成果を次の衛星に活かし、複数の衛星による多地点の同時観測・通信や一地点の継続的観測・通信など、新しい宇宙利用に貢献できればと考えています。また、今後、複数機の衛星を同時に開発し運用していく上で役立つ知見も得られるのではないかと期待しています。
- JAXAのホームページ等をご覧になっている方へのメッセージがあればお願いいたします。
現在、衛星を研究・開発している学生たちは、ほんの4、5年前までは宇宙とはまったく関係のない高校生でした。そこから宇宙工学への興味で研究室に入り、自分達の力で衛星の研究と開発を進めて実際に打ち上げることになりました。この衛星は皆の研究成果、様々なアイデアや失敗を積み重ねて仕上げてきたものです。こうした私たちの活動にも興味を持っていただけると大変うれしく思います。また革新的衛星技術実証3号機には他にも非常に革新的で面白いミッションがたくさんありますので、そちらもご覧いただけるとうれしいです。