革新的衛星技術実証3号機 実証テーマ

宇宙空間における民生機器の実証で利用拡大を目指す

九州工業大学

大学院工学研究院 宇宙システム工学研究系 増井 博一 助教

九州工業大学の学生を中心とした「衛星開発プロジェクト」から生まれた民生用デバイス利用実証衛星「MITSUBA」。地上用半導体部品の軌道上劣化観測とUSB機器の宇宙転用という2つのテーマで宇宙空間における民生機器の利用拡大を目指している。同大の増井 博一助教にお話を伺った。

- ご自身の研究内容について教えてください。

メインは超小型衛星の環境試験、最近は大量生産に向けた効率の良い衛星開発の研究をしています。

- 今回、革新的衛星技術実証3号機に応募されたテーマの概要と今回の実証を通じて期待する成果を教えてください。

今回の実証テーマは2つあります。1つは地上用半導体部品の軌道上劣化観測です。超小型衛星に使われている半導体部品はほとんどが地上用の民生品です。民生品は宇宙空間での放射線耐性が保証されていないので、軌道上で年間およそ100グレイという吸収線量を目安として地上試験を行い、それに耐えられるかどうかで半導体部品の選択をしています。しかし、そもそもこの100グレイという値は妥当なのか、地上で試験しているサンプルを宇宙に持っていったとき、同じような劣化を示すのかどうかを観測するというのが、テーマの1つです。軌道上では地上試験よりも劣化が遅いということがわかれば、地上試験はやり過ぎているとわかりますし、逆に軌道上で劣化が早いということになれば地上試験ではもっと吸収線量を上げて実験しないといけないことがわかります。そのためにすでに劣化の特性がわかっている半導体部品を軌道上に上げてパターンを比較しようと考えています。我々は宇宙空間で実際に使用した超小型衛星用の半導体部品の劣化に関するデータベースを持っています。そこに今回搭載する半導体部品の観測結果も反映することで、民生用半導体部品の付加価値を向上させることを目指しています。

2つ目は、USB機器の宇宙転用実証です。汎用のUSB機器を、ほとんど手を加えずに宇宙空間に持っていき正常に稼働するかどうかを実証します。今回はスペクトラムアナライザ(周波数の分布を測定する機器)を宇宙空間で稼働させ、周波数が地上と同じように測定できるかどうか調べます。正常に動くことがわかれば宇宙でUSB機器を使う可能性が広がり、衛星開発のスピードアップに繋がると考えています。

民生用デバイス利用実証衛星 MITSUBA イメージ画像

- 革新的衛星技術実証プログラムへの応募動機を教えてください。

九州工業大学では2006年から「衛星開発プロジェクト」として学生メンバーを中心に衛星の設計・開発・組立・運用を行っています。このプロジェクトは継続性を重要視してこれまでさまざまな技術を積み上げてきました。それらの技術を、実際に衛星を作りながら次の世代に継承したいという思いを常々持っていましたが、ちょうど次の衛星の開発を始めるタイミングと革新的衛星技術実証3号機のテーマ募集の時期が一致し、応募しました。衛星開発プロジェクトは、研究というよりも学年や学部に関係なく参加できるサークル活動に近い形で進められております。

- ほかの実証機会と比較して、「革新的衛星技術実証プログラム」を選ばれた理由がありましたら教えてください。

我々はこれまでにも「鳳龍弐号(2012年「しずく」の相乗り衛星としてH-ⅡAロケット21号機で打ち上げ)」、「AOBA-VeloxⅢ(2017年国際宇宙ステーションから放出)」といった衛星の開発や実証を行ってきました。2021年に完成した超小型衛星「FUTABA(ふたば)」も国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」日本実験棟から宇宙空間に放出の予定です。革新的衛星技術実証プログラムに参加するのは革新的衛星技術実証1号機の「Aoba VELOX-IV」以来の2度目になりますが、他の実証機会と比べて革新的衛星技術実証プログラムは条件が緩和されており、非常に衛星を作りやすい環境だったといえます。

- 開発において苦労した点、克服するための工夫などあれば教えてください。

「FUTABA」と同時進行で「MITSUBA」の開発を行っていましたが、バスシステム・機械システムに関しては1つ前の衛星(AOBA-VeloxⅢ)を流用していたこともあって、開発は順調に進んでいました。ところがコロナ禍となり、学生が学内に立ち入ることが難しくなり、その分開発が予定より遅れてしまい、当初の開発スケジュールを維持することに苦労しました。クラウドやWeb会議などのシステムを導入し、その機能をフルに使って開発を続け、どうにか遅れを取り戻せたのではないかと思います。

- これまで、同プログラムに参加する中で、JAXAのサポートはいかがだったでしょうか。

衛星を打ち上げる際にはロケットと衛星の間で取り決め事項の最新状態を記したICD(インターフェース管理文書)が作られます。ICDに追加事項が出てくると衛星の開発が大きく遅れることがあるのですが、今回はそれがほとんどなくスムーズに進んでいます。革新的衛星技術実証プログラムも3号機になってJAXAと参加企業の役割分担が明確になり、サポート体制が確立されてきたためではないかと思います。

先日、内之浦宇宙空間観測所でキューブサット関係者が集まったとき、関係者の中に数人の九工大の卒業生を見かけました。これまで我々は小型衛星の開発を通じて、大型衛星を開発する人材を宇宙業界に送り込むという人材育成をしていたのですが、もはやそういう時代ではないのかもしれないと感じています。これからは小型衛星の需要が伸び、複数の小型衛星で1つのミッションを行うような時代になっていくでしょう。小型衛星の開発で重要なのはスピード感です。大学としては、今後小型衛星業界で即戦力となる人材を育てる義務があるのではないかと思っています。人材育成という面からも学生が実際に衛星を作り、打上げまで経験することができる革新的衛星技術実証プログラムを今後も継続していってほしいと思います。

- 革新的衛星技術実証3号機での実証後の展望についてお聞かせください。

地上用半導体部品の軌道上劣化観測については、今回の実証でデータベースを更新し、さらに次の機会があれば違う条件で実証を行って結果の比較検討をしていきたいですね。そうすることで現在、地上で行っている試験の条件が適切かどうかがわかり、今後に繋がっていくと考えています。

一方のUSB機器の宇宙転用実証については、衛星に「ラズベリーパイ」という小さなコンピュータを組み込んでプラットフォーム化し、インターフェースをUSBにして相手側がどんな機器であろうとUSBで接続して搭載できるようにしたいと考えています。ピンやコネクタ、通信プロトコルも含めて、今後プラットフォーム化をしっかりしたものにしていきたいですね。

- JAXAのホームページ等をご覧になっている方へのメッセージがあればお願いいたします。

少し前までは小型衛星というと学生が挑戦するものといった印象がありましたが、現在では実用の段階に入っていて、革新的衛星技術実証3号機のテーマに選ばれている超小型衛星やキューブサットの多くは実用的なミッションだと思います。1個の衛星ではやれることは限られていますが、それらが集まれば、本格的なミッションも可能だと思っています。小型衛星の開発は大学で学ぶ基礎的な知識さえあれば十分可能です。特に中学生や高校生などは、私たちのように大学のサークル活動を通じて宇宙開発に入っていくルートがあるということは知っておいてほしいと思います。

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