革新的衛星技術実証3号機 実証テーマ

小型衛星用パルスプラズマスラスタの軌道上実証に挑む

合同会社先端技術研究所

業務執行役 杉木 光輝


東京都立大学

名誉教授 工学博士 竹ヶ原 春貴

小型で低電力化・低価格化が可能な電気推進装置パルスプラズマスラスタ(PPT)。固体燃料を使用することでフレキシブルなシステム設計が可能だ。実証に挑むPPTを開発している先端技術研究所の杉木 光輝氏、東京都立大学の竹ヶ原 春貴氏にお話を伺った。

- ご自身の研究/業務内容について教えてください。

竹ヶ原 私がパルスプラズマスラスタ(PPT)の研究を開始したのは今から40年以上前の学生時代のことです。その後このPPT、イオンエンジンやホールスラスタと呼ばれる衛星搭載用の電気推進の研究を続け、2020年3月東京都立大学を定年退職後は、これまでの研究を活かして、「小型衛星用パルスプラズマスラスタ TMU-PPT」の開発に携わっています。

杉木  私は衛星の推進系のシステム全般、特に推進系まわりの貯蔵供給系システムの開発をしています。

- 今回、革新的衛星技術実証3号機に応募されたテーマの概要と今回の実証を通じて期待する成果を教えてください。

杉木  今回実証・性能評価する小型衛星用PPT 「TMU-PPT」は超小型衛星、キューブサット用として開発したものでかなり小型です。推力は、1パルス当たり20μN・secと小さいですが、比推力は1000秒以上で他の電気推進と同じくらいの性能を持っていますし、平均的な消費電力はおよそ15Wと低くなっています。


小型衛星用パルスプラズマスラスタ TMU-PPT

杉木  今回の実証では、TMU-PPTが軌道上で1年間正常に動作することを確認し、さらに噴射周期4Hzを実現することを目標としています。噴射の周期を通常1Hz(1秒間に1回)のところ4Hz(1秒間に4回)にして、トータルインパルス(推力×時間)を大きくすることは世界初の試みです。

今後ビジネスとして衛星にこのスラスタを搭載する場合かなりのパルス数の要求があると考えられますので、できるだけ大きなパルスを評価することができればと考えています。

また、このスラスタは基本的に超小型衛星、キューブサット用として開発をしたものですので、推力が小さく、そのままでは小型実証衛星3号機(100kg級)では推力を検出できないため、今回はスラスタの推力を発生させるヘッドを一方向に2台並べて配置し、電力制御器(PPU)で充放電を1つの基板から両方のスラスタヘッドに供給するという構成にして推力を上げています。


小型衛星用パルスプラズマスラスタ TMU-PPT

- 推進剤はどのようなものを使っているのでしょうか。

杉木  PPTの最大のメリットは、PTFE(フッ素樹脂)という固体の推進剤を使っていることです。今回の実証機器では、PPTを2式搭載していますが、使用しているPTFEは、1式あたりわずか1.5gです。液体や気体燃料の場合、射場で推進剤を充填しなければいけませんが、固体燃料だとあらかじめモジュールの中に入った状態ですからその必要がありません。衛星に電力のコネクタを付ければそのまま使えますので、システム設計上もフレキシブルに対応が可能という点も大きなメリットです。

- 革新的衛星技術実証プログラムへの応募動機を教えてください。また、ほかの実証機会と比較して、「革新的衛星技術実証プログラム」を選ばれた理由がありましたら教えてください。

杉木  革新的衛星技術実証プログラムを選んだのは、機器だけでも衛星に搭載してもらえるということ、また打上げ手段もJAXAで用意してくれることの2点が大きな理由です。近年では海外のキューブサットメーカ等でも実証機会を与えられるようになっていますが、機器だけの機会はなかなかなく革新的衛星技術実証プログラムに応募しました。


噴射試験の様子

- 開発において苦労した点、克服するための工夫などあれば教えてください。

竹ヶ原 TMU-PPTは1回あたりの推力が非常に小さいので、推力をいかにきちんと測るか、また、推進剤の消費量も1回あたりμg(マイクログラム)オーダーになりますので、いかに正確に測るかという大変さがありました。また電源はできるだけコンパクトなものにしたいので、都立大のメンバーと苦労して作りあげました。スラスタと電源のスペックをいかに合わせていくのかというところが、開発の上で非常に重要なところだと思っています。

杉木  今回4Hzで噴射するということが一番大きなポイントですが、これはかなり電力制御器に負荷がかかります。電源の基板をかなり小さくすると同時に、充放電サイクルを通常の4倍にしなければいけないからです。周波数が大きくなると各基板の発熱量も大きくなるので、熱設計や使用する部品の選定にかなり苦労しました。また開発期間が短く、期間内に進めるために何度も試作品を作っては試験を重ねるなど、苦労しました。

- これまで、同プログラムに参加する中で、JAXAのサポートはいかがだったでしょうか。

杉木  軌道上で小推力のスラスタをどうやって評価するかということをいろいろな面で考えていただき、最終的に世界初となる4Hzの噴射であれば小型実証衛星3号機が搭載している機器で推力を検出できるのではないかと提案をいただき感謝しています。衛星のシステム側とのインタフェース調整における課題も、JAXAのサポートによって解決することができました。


振動試験の様子

- 革新的衛星技術実証3号機での実証後の展望についてお聞かせください。

杉木  超小型衛星市場において「TMU-PPT」のビジネス展開を目指していきたいです。将来的には商業、科学、深宇宙探査、デブリ関連など多様なミッションに対応したラインナップを増やしていくことも検討したいと思っています。

これまで超小型衛星やキューブサットには推進機があまり搭載されていませんでした。観測衛星や通信衛星、また特に商用の衛星は軌道を保持する必要がありますが、推進機をつけていなければ空気抵抗等によってだんだんと高度が下がってしまいます。PPTのような小型の推進機を付ければ、超小型衛星やキューブサットでも中型・大型衛星が行っているミッションが可能となり、超小型衛星によってサービスを行うメーカにとっては大きなメリットになるでしょう。また燃料コストも安価ですので、ユーザにもかなり利点があると思っています。さらに納期も通常宇宙用だと1年ほどかかかりますが、3~4カ月で納品できるようにしたいと考えています。

- JAXAのホームページ等をご覧になっている方へのメッセージがあればお願いいたします。

杉木  このホームページを見ている方の多くは、宇宙に関心を持っている、または宇宙ビジネスに参入したいという方たちだと思います。ぜひとも革新的衛星技術実証プログラムのような機会を利用して自分たちが作っている機器等の宇宙での実証をしていただきたいですね。特に今後、月の開発などが行われようになると、これまでとは違った分野の技術が必要とされますので、いろいろなメーカが宇宙産業に参入してきてほしいと思っています。

竹ヶ原 現在は、大学や高専の宇宙関係のプロジェクトを通じて、学生が研究室で実験しハンダ付けして作ったものを実際に宇宙へ打ち上げることができる時代になっています。一生懸命頑張って開発したものを宇宙へ飛ばしたいという夢を持っていれば、実現への道が拓かれるのではないかと思います。


EMC試験の様子

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