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支える研究 姿勢制御機器・軸受回転系の高信頼性化と寿命予測 長寿命軸受ユニットの開発

JAXAは株式会社ジェイテクトと共同で、人工衛星の各種駆動機構に使用される宇宙用軸受の寿命を従来の1.5倍以上に延長できる新しい長寿命軸受ユニットを実現しました。

人工衛星の軸受と要求される技術

人工衛星の姿勢制御装置や観測センサの駆動部には転がり軸受が用いられており、これまでの地上試験や軌道上において最も不具合が多い機械要素です。JAXAでは、人工衛星の寿命延長、利便性向上のため宇宙用軸受の長寿命化、高性能化研究に取り組んでいます。

宇宙機は限られた電力で作動しているため、軸受などの駆動部の摩擦抵抗は可能な限り低減させることが求められます。また、精度の高い地球観測を実現するため、振動擾乱も同様に低減させる必要があり、軸受には安定した回転動作が求められます。

さらに、人工衛星の寿命はかつて要求された10年から15年、20年と延長される傾向にあり、軸受も合わせて長寿命化技術を獲得する必要があります。これらの低トルク、安定作動、長寿命を実現したのが、本研究の成果である長寿命軸受ユニットです。

長寿命軸受ユニットの概要

一般的に宇宙機の潤滑にはグリースまたはオイルが使用されています。グリース潤滑は長期間の潤滑を得意とするものの回転時の摩擦トルクが不安定となりやすく、一方でオイル潤滑は低く安定した摩擦トルクとなりますがグリース潤滑ほどの長寿命は期待できません。

そこで本研究では、グリース潤滑の長寿命とオイル潤滑の安定した低トルクを兼ね備えた潤滑構造を有する軸受ユニットを考案しました。

長寿命軸受ユニットの構造

長寿命軸受ユニットの構造を図1に示します。

2つの軸受に挟まれた空間(間座が設置される部分)にグリースを封入し、多孔質体を隣接して設置することでオイルのみを軸受内に供給する構造です。これによりオイルをグリース内に蓄えることで長寿命化を実現し、オイルのみを軸受内に供給することで低く安定したトルクを実現することができます。

図1 長寿命構造ユニットの構造図
軸受に挟まれた空間にグリースを充填し、浸透媒体を隣接させて設置することでオイルのみを軸受内に供給し、グリースの長寿命とオイルの低く安定したトルクを両立する構造。

長寿命軸受ユニットの寿命実証

観測センサ等の駆動を模擬し、真空中において継続的に回転させることで寿命実証試験を実施した結果を図2に示します。トルクが低く安定した状態で継続的に回転していることがわかります。回転回数は10億回(109回転)を超えており、これは地球周回軌道において約20年間に相当する長期間です。

なお、実際に20年近く回転させると大変な長期間を要するため、今回は加熱しながら回転速度を実際の数倍とすることで加速的に劣化が進むような条件で試験を実施しました。その結果、3年間で20年相当の寿命を実証しています。同時並行で実時間の寿命実証を実施しており、現在のところこの加速試験法が妥当と推測される結果が得られています。

図2 寿命実証試験の結果
観測センサ等の駆動機構を想定し真空中で試験を実施。
低く安定したトルクで地球周回軌道20年相当となる10億回転(109回転)を突破し、2021年秋現在も順調に回転を続けている。

長寿命軸受ユニットの大型化・高速化技術

今後、宇宙機の駆動部は大型化、高速化も進むと考えられ、例えば、姿勢制御装置の機構部分にはそのような過酷な条件が求められる可能性があります。そこで、この長寿命軸受ユニットのサイズと回転速度を数倍に増やし、軸受の回転条件の過酷度を表すDN値と呼ばれる値が30万となる条件で回転することができるか実証試験を実施しました。従来の人工衛星ではDN値9万程度のものが多く、国際宇宙ステーションのような大型な宇宙機でもDN値23万程度であり、DN値30万条件はこれまでに無い過酷度となります。

大型化により供給すべき潤滑油量の変化、高速化による発熱への対処などの様々な技術的課題をクリアし、最終的にDN値30万条件で真空中において3ヶ月間の連続回転に成功しました。その結果を図3に示します。

3ヶ月という評価期間は新しい技術の成立性を判断するために度々用いられる期間です。宇宙用軸受をDN値30万条件で回転させたという報告は世界で例がなく、世界最高水準の技術を獲得したと考えられます。

また、図3からわかるように、当初目標としていたトルク値(摩擦係数0.005)を大幅に下回る低トルクを実現することができたことも本研究の成果の1つです。

図3 軸受の回転条件の過酷度を示すDN値30万条件にて真空中で3ヶ月間の回転試験に成功した際の試験結果(1ヶ月分の抜粋)
軸受温度、トルクは共に安定的であり、特にトルクは目標の摩擦係数0.005を大幅に下回る低トルクで駆動させることができた。

地上技術への応用

この軸受ユニットで実現することができた以下の技術は、省資源・省エネルギーな潤滑技術として地上の一般産業機械等にも応用できる可能性があります。

  • 各部材をコーティングする程度の極微量油による省資源な潤滑技術
  • 摩擦係数0.005以下の低トルクで駆動できる省エネルギー技術
  • ノーメンテナンスで長期回転可能な低コスト潤滑技術

関連特許

件名 権利者 番号
転がり軸受装置 JAXA、株式会社ジェイテクト 特許6757932