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INTERVIEWインタビュー VOL.2

国際問題に立ち向かった経験を宇宙でも。新しいことだらけのプロジェクトを支える法務とポリシーとは

JAXA
研究開発部門 研究推進部 竹内悠×アストロスケール
政策・政府渉外部長 岩本彩

商業デブリ除去実証(CRD2)プログラムは、JAXAと民間企業が協力して、大型スペースデブリの除去技術を確立し、人類の宇宙活動の持続可能性に貢献することを目指しています。この連載企画では、このプログラムに携わる人々の対話を通して、開発の動向やプロジェクトの舞台裏、それぞれが感じているやりがいなど、普段はなかなか表に出てこない情報を掘り起こしてお伝えしていきたいと思います。
第二弾となる今回は、国際宇宙法の研究者でありJAXAで法務を担当する竹内悠(たけうち・ゆう)さんと、CRD2フェーズⅠミッションを実現するアストロスケールの政策・政府渉外部長 岩本彩(いわもと・あや)さんが宇宙法と国際関係をテーマに語り合いました。

宇宙法との出会い

おふたりの自己紹介をお願いします。

竹内 学生時代は国際法を研究していましたが、JAXAに入ってからは国際宇宙法(宇宙空間を平和的に利用していくための法律)を専門にしています。
今は3足の草鞋(わらじ)を履いています。1足目はJAXAの研究開発部門研究推進部での法務です。JAXAは6部門に分かれていて、それぞれに部門の全体管理やコーディネーションを担う「推進部」が設けられています。CRD2プログラムは研究開発部門のプロジェクトですが、私はCRD2プログラムに限らず部門全体の法務業務、たとえば契約書を使って交渉をしたり、調整を行ったりしています。JAXAの法務は、宇宙法よりもそれ以外の一般的な法務業務の方が多いんです。
2足目はCRD2プログラムの法務です。プロジェクトが始動した2021年から本格的に携わっています。
そして3足目の草鞋が国際宇宙法の研究者です。論文を年間2、3本書いています。

岩本 私は、政策・政府渉外部長としてスペースポリシー(宇宙政策)を担当しています。私たちは、デブリ問題を解決するために、軌道上サービスの可能性を伝えながらニーズを創出していくこと、民間企業の現場で何が起きているのかを政府に伝え、実際にサービスを実施していくため必要な法整備などの環境整備について政府などの関係者に働きかける仕事が主です。また、宇宙の活動はグローバルですので、CONFERSと言われる軌道上サービスの業界団体や、宇宙の持続可能性に関する様々なフォーラムの議論にも参加しています。日本の宇宙企業ではポリシーに主に携わる方にお会いしたことがないのですが、アメリカやイギリスの企業ではよくお会いします。CRD2プログラムでは、ポリシーに関連する内容を側面的に支援、伴走している立場です。

私個人の話をすると、国際法は外務省の試験科目でしたし、国際法局で勤務したこともあるため、国際法は重要だと思いますが、実は宇宙法というより、宇宙を巡る国際関係に関心があります。前職は外務省で、インドの専門家として長く日印関係、国際法、軍縮の問題に携わりました。宇宙との関わりは、国際連合(国連)での議論のひとつである「宇宙空間における軍備競争の防止(PAROS)」を担当したことが始まりです。最初は何も知りませんでしたが、国際的な場での多国間での交渉や各国の外交官とのやり取りを通じて、宇宙のガバナンスを巡る議論のダイナミックさに魅せられました。

アストロスケールのことは、国連の会議の場で、「日本にデブリ除去に取り組もうとしている企業がある」という話を何回か聞いて、記憶に残っていたんです。これまではグローバルなガバナンスの議論は国が主体となって進めていましたが、最近、国連では、宇宙やサイバーセキュリティ分野など複数の分野で、国以外の企業等も議論に参加するマルチ・ステークホルダーでの議論が重要と指摘されています。そうしたこともあり、「民間企業の立場から宇宙のルールを作っていくというダイナミックさを感じてみたい!」と思い、アストロスケールに入社しました。

竹内さん(左)と岩本さん(右)

国際政治や国際関係に関心を持たれたきっかけは何だったのでしょうか。

岩本 学生時代、ルワンダやコソボ紛争での民族浄化などを目の当たりにし、世の中から紛争をなくすにはどうしたらいいのだろうということに関心を持つようになりました。そして国際政治に関わる仕事ができる外務省に入りました。

竹内 私も同じ時代に大学に通っていたので、共感するところがあります。私の場合は「模擬国連」というサークルにハマっていて、そこで「国連って何だろう?」と考えたのが国際法や国際関係に関心を持った最初のきっかけでした。大学院に進学してからは「国際法を使って何か仕事がしたい」と思うようになりました。

国際法の授業を一年間受けても、宇宙法が出てくるのはたったの30分ぐらいです。でもいろいろ調べてみたら、結構広がりのある分野だとわかりました。例えば「責任」という言葉一つを取っても、一般に言われている「国に対する責任」と「宇宙条約上の責任」はズレている。なぜズレているのか調べても、正面から論じている人がいなくて「何だ、これは?」「綺麗に整理しないと気が済まない!」という気持ちが出発点でした。それに、宇宙利用がどんどんと発展していくなかで、その活動に国際法が使えるのはチャンス。発展性のある領域であることに魅力を感じましたし、JAXAに入ったら道が開けるかもしれないと思いました。

岩本 竹内さんとはCRD2以外の場面でも一緒になることが多くあります。実は外務省に勤務していた頃から竹内さんのお名前はお見かけすることがよくあり、私にとっては有名人でした。こうして一緒にお仕事ができて、本当に嬉しく思っています。

国際法は共通言語

軌道上サービスやスペースデブリ問題についての宇宙法や国際ルールの整備はどのような段階にあるのでしょうか。

竹内 軌道上サービスやスペースデブリ問題は、宇宙法のなかでも発展途上の分野です。宇宙法はもともと国がロケットを開発し、衛星を打ち上げて、自ら使うことを前提として制定されています。しかし最近は、国が民間のサービスを使うことが増えてきていますし、技術が発展して軌道上で今までにない活動も行われるようになりました。ところが、宇宙法の源泉となっている「宇宙条約」は約60年前に制定されて以来、一度も変わっていないんです。ですから、軌道上サービスやスペースデブリ問題に関する国際ルールは、現行の宇宙法には有効な対策は書かれていない状況です。

とはいえ、国際社会も全く何もしていないわけではありません。国連の宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)はロケットの打上げ企業や衛星のオペレーターから安全な運用方法を募り、2019年にガイドラインを公表しました。このガイドラインは法律ではありませんが、レポートとも違っていて、ないがしろにして良いものでもないんです。

岩本 例えば、今、国連で「宇宙空間における責任ある行動」について、それが具体的にどのような行動なのかについて、各国の共通認識を作り出すための議論がなされています。デブリの関係では、アメリカが2022年に破壊的な直接上昇型ミサイルによる衛星破壊実験を実施しないことを表明し、それに日本を含む複数の国が賛同、同じ年に国連決議としても多数の賛成を得て採択されました。この国連決議には法的拘束力はないため、破っても罰せられることはありません。しかし、これほど多くの国が賛成していると、わざわざ破って衛星破壊実験を行うのは政治的に難しいですよね。国際法をベースにしながら、みんなが宇宙を安全に利用できるような取組みも進んでいます。

竹内 色々な捉え方がありますが、私が大学院時代に勉強していたのは国際関係論で、今でも私自身は国際関係が専門だと思っています。国際関係論の一部に国際法と国際政治があり、国際法は国際関係の共通言語です。

岩本 国際法は道具みたいな感じですよね。

竹内 そうです。道具なんですよ。先ほど岩本さんがおっしゃった「宇宙空間における責任ある行動」も宇宙法上の言葉ですが、定まった解釈があるわけではなくて、ああでもない、こうでもないと議論しながら共通言語として使われています。なので、もしかすると私は言語学をやっているのかもしれません(笑)。

宇宙法はCRD2プログラムのどのような場面で登場しますか。

竹内 今、アストロスケールさんで進められているのが、内閣府からADRAS-Jを運用するための「人工衛星管理許可」を受けるための申請作業です。2017年に制定された「宇宙活動法」で、日本で衛星を運用する場合は内閣府の許可を得なければならないことが決まりました。この人工衛星管理許可の許可基準は地球観測衛星や通信衛星を想定しています。一方でADRAS-Jは宇宙空間に漂っているデブリに自らあえて近づいて、さらにデブリの周りをぐるりと一周するという変わった運用をします。

ADRAS-J軌道上イメージ

このような運用をする場合に必要な許可基準を2021年に内閣府が改めて作りました。この審査基準も宇宙法の一部です。

岩本 新しい宇宙活動は規制に先行するのが常です。ギチギチに縛るような規制があると民間企業は事業活動が何もできなくなってしまいます。しかし、一定の規制は民間企業の明確性や予見性の担保に繋がります。新たな許可基準ができたことで「軌道上サービスに投資してみよう」と思う投資家も出てくるかもしれません。日本政府が、人工衛星管理許可を発行することは、安全や透明性にある種お墨付きを与えるということでもあります。予見性の確保、透明性を担保するという観点でも、人工衛星管理許可は非常に重要です。

軌道上サービスの未来を見据えて

人工衛星管理許可のほかに、竹内さんと岩本さんから見たCRD2プログラムの特徴や新しさはありますか。

竹内 もう何もかもが新しいプロジェクトです(笑)。従来のJAXAの衛星は、JAXAが仕様を示して発注し、企業から衛星を購入し、その衛星を打ち上げて運用しています。一方、今回のCRD2プロジェクトは、アストロスケールさんからADRAS-Jは買いません。軌道上で取ったデータをサービスとして納入するというもので、今までのJAXAの常識を全部覆すようなプロジェクトだと私は思っています。プロジェクトの立上げも苦労したとメンバーから聞いていますし、プロジェクトを運用している今の段階でも、未知の発見がありますね。

岩本 民間企業にとっては全てが初めてのことです。竹内さんがおっしゃったように、衛星を納入するのではなく、軌道上で取得したデータを納入する「as a Service」はこれから増えていくのだと思います。

CRD2プログラムに携わっていて、充実感ややりがいを感じるのはどのようなときですか。

岩本 やはり初めてのことは面白いですね。何をやらなければならないのかを定義するところから自分たちでやる難しさを初めて経験しています。

竹内 これまでのステレオタイプなプロジェクトとは違い、今までは使う機会がなかった知見も活かせるのも面白いところです。ADRAS-Jがミッションを達成したら、また別の何かを感じるのかもしれませんね。

岩本 ADRAS-Jの成功の先に、「軌道上サービスの市場をいかに作っていくか」という大きな課題が待っているので、今後も挑戦は続きます。アストロスケールは、軌道上サービスを通じて持続可能な宇宙利用を実現することを目指しています。そのためには、まずはやっぱり技術を実証しなくてはなりませんし、サービスの需要も生み出す必要があります。

竹内 私の今までの目標は、まさにこういうことを考えてくれる事業者さんに出てきてもらうことだったんです。そういう意味では1個目の目標は達成しました(笑)。次の目標は、軌道上サービスの市場を商業セクターだけで回るサステナブルな市場にシフトさせることです。やはり国の資金はどこかで切れてしまうので、持続可能なものにするためには商業化が必要です。アストロスケールさんのような企業に1社と言わず、たくさん出てきていただいて、軌道上サービスの商業市場を形成していきたいですね。

最後に意気込みを聞かせてください。

竹内 繰り返しになりますが、CRD2プロジェクトは新しいことだらけなので、引き続き気を抜かずやっていきます。このフェーズⅠの次はフェーズⅡがあります。そしてその先の商業化を見据えて力を尽くしたいです。

岩本 まずはフェーズⅠを成功させます。大型デブリの除去技術の実証を、日本が世界に先駆けて成功させることは、宇宙のガバナンスにおいても大きなことだと思います。成功させられるように、アストロスケールとしても一丸となって取り組みます。そして個人的には、CRD2プロジェクトを通じてポリシーという分野を宣伝したいですね。興味を持っていらっしゃる方も多いと思うんですよ。政府や宇宙機関だけではなく、民間企業でもこうしたポリシーのお仕事があること、そして世界中の仲間と一緒に議論できることも発信していきたいです。

竹内 悠JAXA 研究開発部門 研究推進部

2007年4月、JAXA入構。最初の2年間は総合技術研究本部研究推進部(現在と同じ部署)へ配属。
2011年8月から2年間、外務省総合外交政策局宇宙室(当時)へ出向。
複数部署を経て、2021年4月より現部署へ異動し、併任として商業デブリ除去実証(CRD2)チームへ加わる。

岩本 彩株式会社アストロスケール 政策・政府渉外部長

2020年2月より株式会社アストロスケールに入社。前職は外務省。
東北大学法学部卒(法学士)、東北大学法学研究科修了(法学修士)、インド・ジャハラルラール・ネルー大学国際関係学部M .Phil課程修了