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二硫化モリブデン(MoS2)被膜の宇宙環境による影響評価

研究の背景

宇宙環境で使用される材料は、高真空や温度サイクルに曝されるだけでなく、放射線、プラズマ、紫外線、また高度200~500kmの低軌道では化学的に活性な原子状酸素等の様々な要因の複合的な影響を受けます。 宇宙用固体潤滑剤についてもこれらの影響が懸念されていますが、摩擦時の影響プロセスや長期間曝露した場合の影響など未解明の部分が多いのが現状です。宇宙機を長期間にわたり確実に機能させるためには、特に駆動機器の信頼性が重要で、 このためには潤滑材料を長期曝露させた時のトライボロジー特性を把握する必要があります。

2001年~2005年にかけて、国際宇宙ステーション(ISS)のロシアサービスモジュールを使った材料曝露実験(SM/SEED:Service Module/Space Environment Exposure Device)が行われました。 この実験では、各種宇宙用材料を約1~3年間低軌道宇宙環境へ曝露した後に地上へ回収し、その特性変化を評価しました。この試料の中に固体潤滑剤である二硫化モリブデン(MoS2)被膜も含まれています。 以下に、宇宙環境曝露後に回収したMoS2被膜のトライボロジー特性変化、および低軌道環境の影響要因として代表的な原子状酸素、紫外線、電子線について照射装置を用いた地上での比較試験結果について紹介します。

宇宙曝露実験:SM/SEED実験

SM/SEED実験では、同一の試験材料を搭載した3式の試料パレットを2001年10月から同時に低軌道宇宙環境へ曝露を開始しました。第1式目の試料は2002年8月、第2式目は2004年2月、第3式目は2005年8月にISS内に回収され、 それぞれの曝露期間は315日間、865日間、1403日間です。図1に低軌道宇宙環境に曝露されている3式のSM/SEEDパレットの様子を示します。評価試料として、固体潤滑剤であり宇宙用としても使用実績のある 二硫化モリブデン(MoS2)焼成膜を搭載、曝露しました。図2にパレット正面から見た搭載(曝露)試料の様子と本試料の搭載位置を示します。

図1 低軌道宇宙環境へ曝露中の3式の
SM/SEEDパレット
図2 SM/SEEDパレットと固体潤滑剤試料の搭載位置

摩擦試験

宇宙環境曝露後に回収したMoS2被膜、地上で原子状酸素、紫外線、電子線を照射したMoS2被膜、および何も照射していないMoS2被膜(リファレンス試料)試料について、真空中において摩擦試験を行い、そのトライボロジー特性を比較しました。摩擦試験は、回転する試料円板にボールを押しつけるボール/ディスク型で行いました。

図3に、曝露試料とリファレンス試料の摩擦係数の推移を比較して示します。リファレンス試料の摩擦係数は、初期には約0.1で、その後は徐々に減少していき、摩擦回数が5,000回くらいから今度はゆるやかに上昇する傾向を示しました。 これに対して曝露試料では、初期の摩擦係数がリファレンス試料より低く、また曝露期間が長いほど摩擦係数が低くなる傾向を示しました。摩擦係数が約5,000回以降になると、摩擦回数と共にゆるやかに上昇する傾向を示し、リファレンス試料と同様の挙動を示しました。 試験後の摩耗面を観察したところ、曝露期間が長いほど摩耗深さが大きくなっていることがわかりました。

図3 低軌道宇宙環境へ曝露した試料の摩擦係数の推移

3種類の地上比較評価試料とリファレンス試料の摩擦係数の推移を図4に示します。原子状酸素を照射した試料は、曝露試料と同様に初期の摩擦係数が低くなるという傾向を示しました。紫外線照射試料では、リファレンス試料に比べ、若干低い摩擦係数を示しましたが、 紫外線照射量の影響は明確に見られませんでした。一方、電子線照射試料は、摩擦特性の変化がほとんど見られず、MoS2膜のトライボロジー特性に電子線が与える影響は小さいものと思われます。

(B)原子状酸素
(C)紫外線
(D)電子線

図4 地上評価試料の摩擦係数の推移

宇宙に曝露した試料の分析では、表面に大量のSiO2が検出されました。本MoS2膜にSiが含まれていないこと、他の曝露試料表面からもSiが検出されていることから、このSiは、フライト中に付着したシリコン系のコンタミネーションであると考えています。 表面のSiが摩擦特性に何らかの影響を及ぼした可能性もあります。

まとめ

宇宙に曝露したMoS2膜は、初期の摩擦係数は減少しましたが、一方、曝露期間の増加に伴い摩耗量が増加することもわかりました。宇宙曝露により被膜の摩耗寿命の低下が懸念されます。 今回の曝露実験では、宇宙機の周りに常に存在するSi系のコンタミネーションが試料表面に検出されました。自然の宇宙環境だけでなく、コンタミネーションのような人為的環境要因が宇宙用固体潤滑剤の特性に及ぼす影響も十分に考慮する必要があります。

今後、このコンタミネーションの影響評価を行う予定です。国際宇宙ステーションの日本実験モジュール「きぼう」は、進行方向前面に位置するためコンタミネーションの少ない宇宙環境と想定されます。 地上でSi系コンタミネーションの影響を調べるとともに、「きぼう」曝露部での曝露実験(JEM/MPAC&SEED)により、コンタミネーションの少ない状態での宇宙環境の影響を評価する予定です。

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