イオンエンジン高度化研究
研究の概要
推進系は、低軌道周回衛星、静止衛星、宇宙輸送機、科学探査衛星等の宇宙機の軌道変換、姿勢制御に幅広く使用されています。推進系は、推進力を産み出す仕組みによって大きく化学推進系と電気推進系に分かれます。
電気推進系も、いろいろなタイプがありますが、本研究では主にイオンエンジンに取り組んでいます。
大気抵抗の大きい超低軌道に衛星を投入し、長期間高度を維持しながら高精度の地球観測等を行うミッションや、深宇宙探査のように大きな増速量を必要とするミッション、静止軌道に従来より大型の衛星を投入する場合、
搭載推薬量を大幅に減らせる高比推力の電気推進が有利であり、より高性能で寿命の長いイオンエンジンとその要素技術の研究を行っています。
本研究では、宇宙機の必須技術である推進系システムを研究の対象とし、以下のテーマに取り組んでいます。
SLATS電気推進系の長寿命化
本研究では、次期超低高度衛星への搭載を想定したイオンスラスタの長寿命化の研究を行っています。超低高度衛星実用機では、5年間の運用を想定し、25,000時間、15,000 ON/OFFサイクルを目標としています。 このイオンスラスタでは、グリッドの寿命がスラスタの寿命を決定しています。グリッドは放電室で生成されたプラズマからイオンを引き出して加速する部品で、イオン衝突により徐々に摩耗してしまいます。 寿命をのばすため、グリッドの材質を従来のモリブデンからイオンによる摩耗率がより小さい熱分解グラファイトに変更することを提案しています。一昨年度実施した1,000時間の動作試験の結果、摩耗量は十分小さいことが確認でき、性能面でも従来と同等まで上がる見込みが立っています。 問題点としては、グラファイトの表面に突起が多く、そこで電界集中が発生してグリッド間で絶縁破壊が発生しやすいということがあり、現在は絶縁破壊の頻度を下げるための研究を実施しています。
BaO-W型ホローカソードの研究
ホローカソードはイオンエンジンやホールスラスタで使用される電子源であり、動作には電力と推進剤ガスの供給が必要です。なるべく省電力、省ガスで要求寿命を満たす物が求められています。 これまで2種類のホローカソードで、それぞれ電子放出電流約13.5Aで4万6千時間と約4Aで5万時間の耐久試験を実施しました。耐久試験終了時にも動作は正常で、本来の寿命は10万時間以上であると推定されました。これは世界的にトップ水準です。 一方、性能は世界的な水準より劣っており、これを世界的な水準以上に上げるための研究を実施しています。これまで性能と寿命は二律背反の関係にあり、性能向上のためには寿命の犠牲はやむを得ないと考えてきましたが、 これらを両立させる可能性があることが最近の研究で分かりました。